
人に合わせているうちに、自分が何を食べたかったのか分からなくなる。褒められたのに、素直に受け取れず、否定する言葉のほうが先に出てしまう。理由のわからない涙が、電車のなかでふいに出る。
そういう自分を、意志が弱いからだと思ってこられたかもしれません。けれど、わたしはこう観ています。それは弱さではなく、幼い日のあなたがその場を生き延びるために選んだ、いちばん確かな方法の名残です。うまくやれたからこそ、いまも続いている。
その名残に、スピラボでは名前をつけています。インナーチャイルドです。
わたしは、堂脇隆資(どうわき・たかし)。ディバインアルケミストとして、12年以上、のべ5万人超の方(当社調べ)に、遠隔でエネルギーワークをお届けしてきました。そのあいだ、内側の子どもの声に触れた方が、どんなふうに揺れ、どんなふうにほどけていくのかを、数えきれないほど見てきました。そこには、はっきりした順序があります。
そして、その順序は世の中でよく語られる順序とは向きが逆です。
インナーチャイルドとは、抑圧された自己表現のエネルギーです。心の傷そのものではなく、外へ出せないまま内側にとどまっている、あなた自身の表現の力です。
人は、たくさんのインナーチャイルドを抱えています。だから、一つ一つ数えて癒していく道は、途中で終わらなくなります。
向きを変えます。下流を一本ずつたどるのではなく、水がせき止められている上流へ向かいます。この記事は、その上流の地図です。
ひとつずつ、ひらいていきましょう。
インナーチャイルドとは、抑圧された自己表現のエネルギー
世の中では、インナーチャイルドは「傷ついた子どもの心」と説明されることが多いようです。スピラボは、12年前から違う立て方で伝えてきました。
インナーチャイルドとは、抑圧された自己表現のエネルギーです。傷そのものではありません。エネルギーです。しかも、出口をふさがれているだけで、中身は減っていません。
この違いは、小さく見えて、扱い方をまるごと変えます。傷だと捉えれば、やることは治療になります。痛むところを探し、手当てをして、治るのを待つ。けれどエネルギーだと捉えれば、やることは通水です。どこでせき止められているのかを見て、流れる道をつくる。減ったものを足すのではなく、止まっているものを動かす。向きが、まるで逆なのです。
内側で何かが動いた方は、それを身体で言い当てます。
抑圧された自己表現のエネルギーを動かすことによって活力を得られるということ。
「川の上流がせき止められると、うまく下流に流れない」という例えが私にはピッタリでした。
ソラさんの言葉です。ここには、この記事のすべてが先に書かれています。止まっているのは、あなたの力そのものではなく、力が通る道のほうです。「うまく下流に流れない」という言葉のとおり、下流に水がないのは下流が枯れたからではありません。上流でせき止められているからです。だから、乾いた下流に水を注いで回っても追いつきません。この一点が、この記事を貫きます。
なぜ、インナーチャイルドは生まれるのか
次に、どこでせき止められたのかを見ます。責めるためではありません。仕組みが分かると、扱いはぐっとやさしくなるからです。
早い人では、5、6歳ごろから生まれます。幼少期の原因として挙がるのは、両親による叱責や、過度な期待です。期待もまた、自己表現をせき止めます。期待に応えられる自分でいるあいだは愛される、と学んだ子どもは、期待の外側にある自分の表現を、そっとしまうからです。叱責は「出すな」と教え、期待は「これを出せ」と教える。どちらも、あなた自身の表現ではないほうへ、流れの向きを変えます。
そして、その学びは、たいてい正しく機能しました。しまったから、その家で、その教室で、あなたは無事でいられた。インナーチャイルドは、失敗の跡ではありません。うまくいった適応の、置き土産です。
ある方は、その置き土産の出どころを、はっきり見つけていました。
それは私が幼い頃から母に、そういう発言をする度に、「あなたは頭がおかしいんだから。そんなこと人に言うんじゃないのよ」と否定されてきたことが大きな原因であることが分かりました。
同じくソラさんです。ここで名指しされているのは、お母さまの人格ではありません。「そういう発言をする度に」という、繰り返しの構造のほうです。一度の否定は、記憶になります。度重なる否定は、蛇口の位置を変えます。以後、その話題に近づくたびに、言葉は本人の意志より手前で自動的に止まるようになります。
そしてここが、多くの記事が書き落とすところです。インナーチャイルドは、幼少期にしか生まれないものではありません。社会人ともなれば、その原因は多岐に及びます。職場で意見を否定され続けた数年。役割にふさわしい自分でいようとして、ふさわしくない部分を置いてきた時間。大人になってからせき止められた流れも、まったく同じ仕組みで、内側にとどまります。「もう大人だから関係ない」ということは、ありません。むしろ、大人のほうが自分を止めるのが上手です。
ある方は、その上手さの正体を、書きながら掘り当てていました。
私の気持ちはどうでもよくて、あなたたちの期待通りの私でいなければならないのか⁉︎という、深い悲しみでした。
それは、私自身が自分の気持ちを大切にしてこなかったという側面もあります。私の気持ちを抑え込んで、我慢してじっと耐えたり、嫌なことをやり抜いたりしてきたのは、私自身ですから。
パンさんの言葉です。期待どおりの自分でいなければならないのかという深い悲しみに、過度な期待が大人の場面でどう働くかがそのまま出ています。そしてパンさんは、そこで止まりませんでした。抑え込んできたのは自分自身でもある、と続けています。これは自責ではありません。自分が閉めた蛇口は、自分で開けられる、ということです。刃は、あなたに向けるものではありません。出さないでおくという選択が繰り返されて習慣になった、その構造のほうへ向けます。
インナーチャイルドが動いているときの、サインと特徴
では、いま自分の内側でそれが動いているかどうかは、どう分かるのか。診断のように白黒をつけるものではありませんが、目印はあります。共通しているのは、「自己表現」の手前で、何かが止まるという形です。
- 人に合わせているうちに、自分がどうしたいのか分からなくなる
- 褒め言葉を受け取れず、否定や謙遜の言葉が反射で出る
- 断りたい場面で断れず、あとから疲れが来る
- 理由のわからない涙が、ふいに出る
- 自分の意見をはっきり言う人を見ると、胸がざわつく
- 怒りを感じた瞬間に、先に「怒ってはいけない」が働く
- 喉やみぞおちのあたりが、言いかけてやめたときに詰まる
いくつ当てはまったかは、数える必要がありません。大切なのは、当てはまった項目の内容ではなく、どれも「出そうとした」瞬間に起きているということです。出したくないのではなく、出そうとして止まる。そこにエネルギーがあるという、何よりの証拠です。
この止まりを、長く生きてきた方もいます。
私は幼少期より自分が嫌だと思う事をハッキリ嫌だと言えずにずっと苦しい思いをしてきました。
私はただただ、小さかった頃、両親にぎゅっと抱きしめてもらえなかった事を寂しく思っているだけなんだと気付きました。
くんくんさんの言葉です。「嫌だと言えず」という一言に、この記事で扱っているものがそのままの形で出ています。そして、続く一文に注目してください。恨みでも、告発でもなく、「寂しく思っているだけ」だと気づいたところに着地しています。せき止められていたのは、抗議の言葉ではなく、寂しいと言う言葉のほうでした。内側の子どもが求めているのは、たいてい、そういう素朴なものです。
ここから先は、順序の話です。医療・専門の窓口が先になるとき
眠れない日が続いている。仕事に行けない。死にたい気持ちが浮かぶ、あるいは続いている。そういうときは、スピリチュアルの前に、医療機関・専門の相談窓口が先です。
これは、あなたをここから追い出すための線引きではありません。順番の話です。川の水位が危ないときに、上流の地図を広げている場合ではない、というだけのことです。まず水を止められる人のところへ行く。地図は、そのあとでも、いつでも広げられます。
相談先が分からないときの入口として、厚生労働省の「まもろうよ こころ」があります。ここから、公的な相談窓口をたどれます。
そして、これだけは書いておきます。専門の窓口へ行くことは、こちらの世界から降りることではありません。回復の途中でも、落ち着いてからでも、あなたが読みたくなったときに、この記事はここにあります。扉は開いたまま待っています。先に窓口へ行った方が二番手になる、ということも、決してありません。
なぜ、「一つ一つ癒す」では届かないのか
ここからが、この記事の中心です。
一般的には、インナーチャイルドを癒しましょう、という言い方をよく見かけます。イメージのなかで幼い自分に会いに行き、抱きしめ、言えなかった言葉をかけてあげる。丁寧な方法ですし、実際に、そこで大きく動く方もいます。
けれど、ここに構造上の問題があります。わたしたちは、たくさんのインナーチャイルドを抱えており、それらを一つ一つ癒すのは困難です。5、6歳から今日までの年月に、せき止められた場面がいくつあったかを思えば、当然のことです。数えるほうが先に終わらなくなります。
そして、ここに、もっと静かな問題が隠れています。一つ一つ癒そうとする作業は、癒しきれていない自分を、一人また一人と数え上げる作業でもある、ということです。今日は一人抱きしめた。まだ何人いるのだろう。この形をとるかぎり、進めば進むほど、残りが見えてきます。だから、終わらないのです。うまくいっていないのではありません。構造上、終わらない設計になっているのです。
この行き止まりを、正直に書き残してくださった方がいます。
何年も何回もインナーチャイルドを癒しても治らなかった。
クミッチさんの一文です。「何年も何回も」という言葉が示すとおり、この方は怠けていたのではありません。むしろ逆で、丁寧に、繰り返し、取り組み続けてこられた。努力の量ではなく、向きの問題だったということを、この一文は示しています。同じことは、「もう終わった」と思ったところから、もう一度始まる形でも起こります。
自分ではそのトラウマは以前から認知していて、今までもいろんなワークをしたり、実際にその車庫に行ってみたりして、もう大丈夫になったと思っていた事でした。
小さい私が私を求めていることに気がつきつつも、私の中でもうトラウマが解消した、大丈夫だと思いこんでいたんでしょうね。でも、幼い私がまだ私を求めていた、、、。
tomoさんの言葉です。認知していた。ワークもした。現地にも行った。それでも、幼い自分はまだ求めていたと、ご本人が書いています。一人に届いたことと、流れが変わったことは、別のできごとです。だからこそ、ここで向きを変えます。
川は、下流からは変えられない。
一本ずつ下流をたどるのをやめて、上流を見ます。上流に何があるのかを、次にお伝えします。
インナーチャイルド、ワンダーチャイルド、ディバインチャイルド
スピラボでは、この流れを三つの層で観ています。同じ一本の川の、下流・中流・上流だと思ってください。
インナーチャイルドは、抑圧された自己表現のエネルギー。下流です。せき止められて、届かないでいる場所。
ワンダーチャイルドは、その抑圧から解放された自己表現のエネルギー。中流です。もともとはユングが後年、自らの経験をもとにした「天真爛漫な子供心」「素晴らしい子供」という概念で、スピラボもその出自を借りています。ワンダーチャイルドが活性化しているのは、ただ楽しいから、ただ好きだからというシンプルな理由のみで何かに熱中している時です。得だからでも、認められるからでもなく、ただ好きだから手が動いている状態。行動に喜びが伴っている状態です。
そして上流です。ディバインチャイルドは、インナーチャイルドはもちろんのこと、ワンダーチャイルドの高次の側面であり、神聖な喜びと創造のエネルギーや叡智の源です。個人や家族、仲間という領域を超えて、誓願に沿った社会的自己表現によって影響力を行使しているとき、ディバインチャイルドが活性化しています。ここはスピリットレベルの高次元にあるため、覚醒することは難しいと言われています。
ここで使った「覚醒」という言葉を、スピラボでは「特別な誰かになることではなく、自分の人生の主権が、自分の手に戻ること」と定義しています。詳しくはこちらの記事にゆずりますが、ここでもその意味で読んでください。上流が開くというのは、遠くへ行くことではなく、中心が戻ってくることです。
三層を並べると、地図が見えてきます。あなたが抱えている無数のインナーチャイルドは、無数の別々の問題ではありません。ひとつの水源から分かれた、無数の流れです。だから、下流を一本ずつたどるのではなく、水源のほうへ働きかける。より深い層に働きかけることで、癒しの連鎖が生まれます。ディバインチャイルドに働きかけると、その影響を受けたワンダーチャイルドが動きはじめ、さらにその影響を受けて、インナーチャイルドがほどけていく、という向きです。
日常の感覚にも、同じ形があります。目先の目標を追っているときはなかなか達成できないのに、大きな目標に向かっているときは、いつの間にか目先の目標を達成していた。そういう経験は、誰にでもあると思います。目先を一つずつ潰しに行くより、大きいほうを向いたときのほうが、結果として目先が片づく。インナーチャイルドに起きるのも、これと同じことだと、わたしは観ています。
だから、一人ずつ抱き上げなくて大丈夫です。多すぎるという事実は、絶望の根拠ではありません。多すぎるからこそ、一人ずつではない道がある、という根拠です。
では、何をするのか。上流に手を当てる
向きが分かったところで、日常でできることをお伝えします。特別な準備はいりません。どれも、上流を向くための動作です。
1. 中心に、手を当てる
おへその下、丹田に手を当てて、そこに息が入っていくのを、しばらく感じます。理由を考える必要はありません。上流は、頭の側ではなく、身体の中心の側にあります。考えて探しに行くと、下流のほうへ迷い込みます。手を当てて、そこに戻る。これがいちばん短い道です。
言いかけてやめたときに喉が詰まるなら、その感覚も手がかりです。身体の各センターの見取り図は、チャクラの記事にゆずります。
2. 出さなかった言葉を、紙の上でだけ出す
人に向けて言う必要はありません。誰にも見せない紙の上でなら、蛇口はずっと軽く開きます。書き方の手順はジャーナリングの記事にゆずります。書き出した言葉そのものが持つ働きは、言霊の記事で解説しています。ここでお伝えしたいのは一点だけです。過去を分析するために書くのではなく、いま止まっているものを通すために書く、ということです。分析は下流の作業です。通水は、いまここの作業です。
3. ただ好きだから、を一つ守る
ワンダーチャイルドが活性化するのは、ただ楽しいから、ただ好きだから何かに熱中しているときでした。だとすれば、これは中流を開ける、いちばん具体的な行動です。上達しなくていい。役に立たなくていい。「これは何の役に立つのか」という問いが立たない時間を、週にひとつ守る。それだけで、流れは変わりはじめます。
4. 静けさの時間を、少しだけ取る
内側の音が聞こえる状態をつくります。やり方は瞑想の記事にゆずります。ここで大事なのは、静けさを「探しに行く道具」にしないことです。探しに行った瞬間、また一人ずつ数える作業に戻ります。探さずに、ただ座る。上流は、もともとそこにあります。
そして、今日は何もしないと決めていい日があります。やらなかった日に、内側の子どもが増えることはありません。急かされて開ける蛇口は、たいていまた閉まります。急がなくていい領域が、確かにあります。
向きを変えたとき、身体のほうが先に答えることがあります。
幼少の頃の記憶が蘇り その頃~抑圧していた母への感情(私の中では既に解放できたと思っていましたが…)が込み上げてきて 涙が止まらなくなりました。
それからというもの 喉のつっかえが取れた様にスッキリしています。
私にとって最も弱い部分…「自己表現力」を今後は高めていける…そんな清々しさを感じています。
N.Uさんの言葉です。三つの点に、この記事の骨組みが出ています。第一に、「既に解放できたと思っていましたが」という言葉。下流は、一度たどっただけでは終わりません。第二に、「喉のつっかえが取れた様に」という体感。動いたことを最初に知らせるのは、たいてい頭ではなく身体です。第三に、着地が「自己表現力」だったこと。抑圧の反対側にあるのは、癒された過去ではなく、いまから出せるようになる表現です。
そして、上流が少し開いたときの感覚を、こう書き残してくださった方がいます。
なんかストーンと心が解放されたような
清々しさと
もう控え目に目立たないようにしなくてもいいんだ!できない自分でいなくていいんだ!できる自分が本当なんだ!!
そんな感覚に包まれています。
やすさんの言葉です。「控え目に目立たないようにしなくてもいいんだ」という言葉で解けているのは、過去の場面ではありません。その場面のあとに敷かれた、生き方のルールのほうです。そして「できる自分が本当なんだ」と続く。抑圧が解けた先に出てくるのは、傷の消えた自分ではなく、もともとの自分です。敷かれたままのルールを選び直していく手順は、手放すの記事で扱っています。
上流に手が届いた瞬間を、書いてくださった方がいます。
今朝、ふと、生まれてくれてありがとう、生きていてくれてありがとう。と胸に手を当てていっていたら泣けてきた。
自分で自分に言ってたらいつも感じなかった感覚があった。その感覚が嬉しくて、自分を愛することってこういう事なんだと感じた。
先ほどのクミッチさんです。「何年も何回も」届かなかった方が、届いた場面が、これでした。注目したいのは、宛先です。特定の年齢の自分ではなく、生まれてから今日までの全部に、まとめて言っています。下流の一本ではなく、水源に向かって言ったから届いたのだと、わたしは観ています。効果を判定するのは、いつもあなたの身体です。信じることは、求められていません。体感したことだけが、あなたにとっての事実です。
隣にある取り組みとの、切り分け
似た言葉が並ぶ領域なので、線を引いておきます。
ひとつは、影の取り組みです。影は「これは自分ではない」と切り離した自分、インナーチャイルドは「出せないまま内側にとどまっている自己表現」です。切り離したものを迎え入れるのが前者、せき止められた流れを通すのが後者。近いところにありますが、扱う対象が違います。影のほうは、シャドウワークの記事で扱っています。
もうひとつは、外側に答えを置き続けることの疲れです。上流に向かう途中で、上流を知っていそうな誰かを探し続けてしまうことがあります。その構造についてはスピリチュアルに疲れたと感じるときの記事にゆずります。主権(ソブリン)は、誰かに開けてもらった蛇口には、宿りません。
最後に、アダルトチルドレンという言葉についてです。この言葉は臨床心理や医療の領域で使われるもので、本記事で扱っているエネルギーの話とは、土俵が別です。生活に支障が出ている実感があるなら、先ほどの窓口が先になります。
よくあるご質問
Q. インナーチャイルドとは何ですか?
スピラボでは、抑圧された自己表現のエネルギーだと定義しています。傷ついた心そのものではなく、外へ出せないまま内側にとどまっている、あなた自身の表現の力です。ですから扱い方も、傷の治療ではなく、止まっている流れを通すことになります。減ったものを足すのではなく、止まっているものを動かす、という向きです。
Q. インナーチャイルドは、幼少期にしか生まれないのですか?
いいえ。早い人では5、6歳ごろから生まれ、幼少期の原因としては両親による叱責や過度な期待が挙げられます。ただし社会人ともなれば、その原因は多岐に及びます。職場で意見を否定され続けた数年、役割にふさわしい自分でいようとして置いてきた部分など、大人になってからせき止められた流れも、まったく同じ仕組みで内側にとどまります。「もう大人だから関係ない」ということはありません。
Q. インナーチャイルドがあるかどうか、どうすれば分かりますか?
白黒をつける診断ではありませんが、目印はあります。人に合わせているうちに自分がどうしたいのか分からなくなる、褒め言葉を反射で否定してしまう、断りたい場面で断れない、理由のわからない涙が出る、自分の意見をはっきり言う人を見ると胸がざわつく、喉やみぞおちが詰まる、といったものです。共通しているのは、どれも「出そうとした」瞬間に起きていることです。当てはまった数を数える必要はありません。
Q. 一つ一つ癒していく方法では、だめなのでしょうか?
だめではありませんし、それで大きく動く方もいます。ただ、わたしたちはたくさんのインナーチャイルドを抱えており、それらを一つ一つ癒すのは困難です。さらに、一つ一つ癒す作業は、癒しきれていない自分を一人また一人と数え上げる作業にもなります。うまくいっていないのではなく、構造上、終わらない設計になっているのです。だからスピラボでは、下流を一本ずつたどるのではなく、より深い層へ働きかける向きをとります。
Q. ワンダーチャイルド、ディバインチャイルドとは何ですか?
同じ一本の川の、中流と上流だと考えてください。ワンダーチャイルドは、抑圧から解放された自己表現のエネルギーで、ただ楽しいから、ただ好きだからというシンプルな理由のみで何かに熱中している時に活性化しています。ディバインチャイルドは、インナーチャイルドはもちろんのこと、ワンダーチャイルドの高次の側面であり、神聖な喜びと創造のエネルギーや叡智の源です。個人や家族、仲間という領域を超えて、誓願に沿った社会的自己表現によって影響力を行使しているときに活性化します。より深い層に働きかけることで、癒しの連鎖が生まれます。
Q. まず、何から始めればいいですか?
おへその下の丹田に手を当てて、そこに息が入っていくのをしばらく感じるところからで十分です。上流は、頭の側ではなく身体の中心の側にあります。あわせて、誰にも見せない紙の上に、出さなかった言葉をそのまま出してみること。そして、上達しなくていい、役に立たなくていい「ただ好きだから」の時間を、週にひとつ守ること。今日は何もしないと決めていい日もあります。やらなかった日に、内側の子どもが増えることはありません。
一人ずつ抱き上げなくて、大丈夫です
内側の子どもは、一人ずつ抱き上げるには、多すぎます。数えはじめた人ほど、そのことをよく知っています。
けれど、多すぎるという事実は、行き止まりの知らせではありませんでした。多すぎるということは、それらがひとつの水源から分かれてきた、ということです。下流の本数だけ問題があるのではなく、上流にひとつの流れがある。川は、下流からは変えられません。だから、向きを変えます。
今日、あなたがすることは、たぶん、とても小さいことです。手を当てる。息が入るのを感じる。それだけの日があっていいし、まだ何もしないと決める日があってもいいのです。
ただ、これだけは覚えておいてください。あなたの内側で止まっているのは、壊れた何かではありません。まだ一度も外に出ていない、あなた自身の表現です。根を張れ。そうすれば、空に届く。上流が開くというのは、遠くへ行くことではなく、あなたの中心があなたの手に戻ってくることです。
※本記事は、スピラボの世界観に基づく表現を含みます。エネルギーワークは医療行為ではなく、診断・治療に置き換わるものではありません。インナーチャイルド・ワンダーチャイルド・ディバインチャイルドに関する記述は、スピラボの世界観に基づくものであり、特定の効果や結果を保証するものではありません。感じ方やあらわれ方には、個人差があります。眠れない日が続く、仕事に行けない、死にたい気持ちが浮かぶ・続くなど、日常生活に支障がある状態のときは、スピリチュアルの前に、医療機関・専門の相談窓口にご相談ください。掲載している体験談は、参加者の方から寄せられた原文をもとに、削除のみのトリミングで掲載しています。
特定商取引法に基づく表記






