
「これだ」と感じた気がしたのに、次の瞬間には「いや、気のせいだ」と打ち消してしまう。何かを選ぶとき、自分の感覚よりも、ネットの意見や、まわりの声のほうを、つい信じてしまう。——直感がよくわからない、うまく使えないと感じているのは、あなたの感覚が鈍いからでも、特別な能力がないからでもありません。むしろ、答えというものは自分の外側のどこかから降ってくるものだ、と教わってきただけなのです。
けれど、直感は、外から授かる特別な力ではありません。それは、あなたの中に、もとからある井戸のようなものです。答えは、天から降ってくるのではなく、その井戸の底——あなたの中心から、静かに汲み上がってきます。ただ、水面が波立っているあいだは、底が見えない。情報の多さや、不安のざわめきで水面が揺れていると、もう知っているはずの答えが、見えなくなるだけなのです。
わたしは、堂脇隆資(どうわき・たかし)。ディバインアルケミストとして、12年以上、のべ5万人を超える方(当社調べ)に、遠隔でエネルギーワークをお届けしてきました。その日々のなかで、自分の直感を疑っていた方が、どんなふうに中心を取り戻し、静かに「聞き分ける」力を育てていくのかを、数えきれないほど見てきました。そこには、共通した順序のようなものがあります。
この記事では、直感とは本当は何なのか、なぜ鈍って見えなくなるのか、そして、不安の声と聞き分けながら、どうやって鍛え、磨いていくのかを、実際にワークに取り組んだ方の声とともに、急がず、お伝えします。読み終えたあと、自分の中の井戸の底を、そっとのぞいてみたくなっていたら、うれしく思います。
直感とは、外から降ってくるお告げではありません。あなたの中心(丹田)が、先に知っていること。それを聞き分ける力です。
直感は、鍛えられます。特別な才能ではなく、水面を静めて、底の声を聞き分けていく習慣だからです。
最後に聞き分けるのは、いつでもあなた自身です。それが直感か不安かを決める権利は、誰かではなく、あなたの手の中にあります。
ここから、ひとつずつ、ひらいていきます。
直感とは何か——中心が、先に知っている
直感とは、外から降ってくるお告げではなく、あなたの中心(丹田)が、先に知っていることです。頭で考えて答えを出すより先に、身体の奥のほうが、もう「こっちだ」と知っている。その静かな信号が、直感です。だから直感は、どこか遠くから授かる特別な力ではなく、あなたが生まれたときから持っている、いちばん自分に近いセンサーだと、わたしは観ています。中心のことを、スピラボでは丹田と呼びます。おへその少し下、身体の重心のあたりです。その身体の土台については丹田についての記事にゆずりますが、ここで大切なのは、直感の出どころが、空の上ではなく、あなたの内側の底にある、ということです。
ここで、よく似た言葉との線引きを、ふたつだけしておきます。ひとつは「霊感」です。霊感と直感は、混同されがちですが、この記事でお伝えする直感は、どこか特別な人にだけ備わった、見えないものを見る力のことではありません。あなたの中心が、あなた自身の人生について先に知っていることを、聞き取る——その、誰の中にもある働きのことです。特別な能力の話ではないからこそ、鍛えることができます。見えないものを受け取る側の話は、霊感・サイキック能力の記事にゆずります。もうひとつは「ハイヤーセルフ」です。こちらは、あなたより少し先を歩いている、高い視座のほうを指します。直感は、その視座からの合図を、身体の中心で受け取ったときの手ざわりのこと。視座そのものについては、ハイヤーセルフの記事にゆずります。
ある方が、その「もとからある」という感覚を、みごとに言い当ててくださいました。
自分自身でもびっくりするような、直感力が働き、その通りになるということをここ数日度々体験しております。もともと自分の中に持っていた感覚や感性がより鋭敏に働くようになり、その感覚に従って自然と行動することで、宇宙の流れとシンクロしていたり、委ねて過ごすことで、さまざまなタイミングがピタッと合ってくる、そんな変化を感じています。
Kさんの言葉です。ここに、直感の核心が言い当てられています。もともと自分の中に持っていた感覚や感性が、より鋭敏に働くようになった——直感は、新しく外から足された力ではなく、はじめから内側にあったものが、鋭くなった。この「もともと持っていた」という一点が、直感を自分の側に取り戻す、いちばんの鍵です。授かるのではなく、思い出す。汲み方を、思い出すのです。
直感と直観——鍛えた先にあるもの
「なぜ、わざわざ直感を鍛えるのか」。その答えは、直感と、よく似たもうひとつの言葉——「直観」との関係の中にあります。同じ「ちょっかん」でも、字が違います。直感は、中心が発する、一瞬の信号です。いっぽう直観は、その信号を聞き分けつづけた人に育つ、「見え方」そのものです。直感が、ふと来て消える一瞬のひらめきだとすれば、直観は、いちいち考えなくても、ものごとの筋道が静かに見えている状態のこと。井戸でたとえるなら、直感は底から上がってくる一滴、直観は、その水を汲みつづけた人が、水面を見ただけで底の水位までわかるようになった、澄んだまなざしです。
つまり、直感を鍛えるとは、単発のひらめきの数を増やすことではありません。信号を、何度も聞き分け、小さく従い、結果をたしかめる——その積み重ねの先に、「見え方」そのものが変わる地点があります。鍛える理由は、そこにあります。ある方は、その育っていく感覚を、こんなふうに綴ってくださいました。
直感やインスピレーションで受け取ったものから、必要に応じた指針を選択し、活用しながら現実に反映して行っているような、そんな感じがします。今の私にとっての新しい自分のシステムが確かなものとして、始動しているという感覚があります。
Nさんの言葉です。受け取ったものを、そのまま鵜呑みにするのではなく、必要に応じて選択し、活用しながら現実に反映していく。これが、直感が直観へと育った状態の、正確な描写です。信号を受け取るだけの段階から、その信号を自分で選び、使いこなす段階へ。ここには、直感の話でいちばん大切な一点が、すでに含まれています。選ぶのは、いつも自分だ、ということです。従った先で、外の世界の一致としてそれが返ってくることもあります。その受け取り方は、シンクロニシティについての記事にゆずります。
直感と不安の声を、どう聞き分けるか
直感を使おうとするとき、いちばん多くの人がつまずくのが、ここです。「これは直感なのか、それとも、ただの不安なのか」。中心からの声と、恐怖からの声は、どちらも身体の内側から聞こえてくるので、慣れないうちは見分けがつきません。ただ、両者には、はっきりとした手ざわりの違いがあります。
傾向として——中心からの声は、静かで、短く、何度も同じかたちで戻ってきます。いっぽう恐怖からの声は、騒がしく、あなたを急かし、いくつも理由を並べ立てます。「早くしないと」「こうしないと大変なことになる」と、ざわざわ、まくし立ててくるほうは、たいてい不安のほうです。中心の声は、そんなに焦りません。一度スルーしても、また、同じ静かさで戻ってくる。ある方が、その「戻ってくる」という質感を、そのまま言葉にしてくださいました。
インスピレーションも明確で、やっぱいいやって流しても また同じインスピレーションが来て ああこれは大切なものか
たろちゃんさんの言葉です。「やっぱいいや」と流しても、また同じものが来る。これが、中心からの声の、いちばんわかりやすい見分け方です。不安や焦りは、対象がころころ変わり、次々に新しい心配ごとを連れてきます。けれど、中心からの信号は、急かさないかわりに、静かに、何度でも、同じ場所へ戻ってくる。すぐに答えが出ないときは、一度、流してみる。それでも戻ってくるものがあれば、それは、聞くに値する声かもしれません。いったん流す、手を離す、というその動きそのものについては、手放すことをテーマにした記事でくわしくお伝えしています。
そして、もうひとつ。不安を、無理に消そうとしなくて大丈夫です。直感で選ぶというのは、不安がゼロになった状態を待つことではありません。不安を抱えたまま、それでも中心の声のほうを選ぶ、ということです。ある方は、その態度に、静かにたどり着いておられました。
その不安を感じるのも当たり前、なるようになる、選ぶことが必要ならそのときに直感的に選べばいい、と、腹をくくったような感覚を持てました。そして、落ち着きました。
rkさんの言葉です。不安を感じるのも当たり前。選ぶ必要があるときに、そのとき直感的に選べばいい。不安と直感は、どちらか一方を選んで、もう一方を追い出す関係ではありません。不安はあっていい。そのうえで、最後にどちらの声を採るかを、決める。ここで、いちばん大切なことをお伝えします。その声が直感なのか不安なのかを、最後に聞き分けるのは、あなた自身です。この記事も、誰かの助言も、「それはあなたの不安です」と決めることはできません。決められるのは、あなただけです。その、聞き分けて選ぶ権利は、いつでも、あなたの手の中にあります。
なぜ、直感は鈍って見えなくなるのか
もともと誰の中にもある直感が、なぜ、あるとき「わからない」ものになってしまうのでしょうか。責めるためではなく、その仕組みを見ておきます。理由がわかると、直感は、もう一度、聞き取りやすくなるからです。井戸の水が涸れたのではありません。水面が、波立っているだけです。その波を立てているものが、だいたい、三つあります。
ひとつめは、情報の多さです。画面をひらけば、無数の意見や、正解らしきものが流れ込んできます。外の声が大きくなるほど、内側の静かな信号は、かき消されていきます。ふたつめは、判定の基準を、外へ明け渡してしまうことです。「専門家がこう言っている」「みんながこうしている」を、自分の感覚より上に置く習慣がつくと、中心の声を聞く前に、答えを外で探すようになります。みっつめは、身体との断絶です。直感は身体の奥から来るのに、頭ばかりで生きていると、その通り道が、細くなっていきます。ある方は、その「ためらい」の状態を、正直に振り返っておられました。
今までは、「直感への躊躇と疑念」によって、行動が制御されていて、その枠から出るのをためらっていました
ひろさんの言葉です。「直感への躊躇と疑念」によって、行動が制御されていた。ここで直感を鈍らせていたのは、ひろさんの能力ではありません。「これは本当に直感だろうか」とためらい、疑う——その、疑いの習慣のほうです。自分の声をくりかえし打ち消してしまう癖の根には、自分でも認めたくない側面が、そっと隠れていることがあります。その向きあい方は影を扱う記事にゆずります。念のため、お伝えしておきます。もし直感が鈍っていたとしても、それは、あなたが感覚の乏しい人間だということでは、まったくありません。情報の海のなかで、外の声を優先するよう、上手に訓練されてきただけです。訓練でそうなったのなら、また、聞き取る側へ、訓練しなおすことができます。なぜ内側の感覚が、ワークを通してととのっていくのか——その全体像は、エネルギーワークとは何かをまとめた総合ガイドでお伝えしています。
直感の鍛え方・磨き方——水面を、静める
直感を鍛えるとは、新しい力をどこかから身につけることではなく、波立った水面を静めて、底の声を聞き取りやすくしていくことです。特別な才能は要りません。日々のなかで、次のことを、少しずつ。
- 身体の声を、先に聞く。直感は、頭より先に、身体に出ます。なんとなく胸がざわつく、肩が重い、逆に、ふっと軽くなる——その微細な反応が、中心からの最初の信号です。迷ったら、頭で答えを出す前に、身体がどう感じているかを、先に確かめてみる。
- 地に足をつける(グラウンディング)。水面を静めるには、まず、井戸そのものを安定させること。意識が不安や情報に持っていかれそうなときほど、丹田に重心を戻し、地に足をつけます。やり方は、グラウンディングのやり方の記事をご覧ください。
- 静かに座る時間を、もつ。一日に数分でも、外の情報を止めて、内側が静まるのを待つ時間をつくると、底の声は、聞き取りやすくなります。その入口として、瞑想の始め方の記事が役に立ちます。
- 受け取ったものを、書いて確かめる。浮かんできたひらめきを、そのまま流さず、紙に書き出してみる。書くと、直感と不安が仕分けられ、あとで「あれは当たっていた/外れていた」と、検証できるようになります。書く手順は、書く内省(ジャーナリング)の記事にゆずります。
- 小さく従って、結果を見る。いきなり大きな決断で試さず、「今日の昼、なんとなく気になったほうを選ぶ」くらいの小ささから、従ってみる。そして、どうだったかを、静かに振り返る。この小さな往復が、聞き分けの精度を、少しずつ上げていきます。
身体が信号の入口だということを、ある方は、体調をくずした体験を通して、はっきりと感じておられました。
アストラル世界からの影響とかも肉体は、センサーとなって、知らせてくれているのだと思いました。
N.Hさんの言葉です。「肉体は、センサーとなって、知らせてくれている」。頭が考えるより先に、身体のほうが、もう何かを受け取っている。直感を鍛える第一歩は、この身体というセンサーの声に、もう一度、耳を澄ますことです。そして、受け取った信号を、流さずに書きとめておくと、それは、あとから検証できる材料に変わります。
何から始めて行けば良いのかの答えも、インスピレーションで受け取る事が、出来ました。
M.Nさんの言葉です。頭で懸命に探していた「何から始めればいいか」の答えが、考えるのをやめた瞬間に、インスピレーションとして受け取れた。受け取ったひらめきを、書いて整理し、たしかめていく。この「受け取る」と「確かめる」の往復が、直感を、使える力へと育てていきます。
最後に、いちばん誠実にお伝えしておきたいことがあります。直感は、いつも当たるわけではありません。従ってみて、外れることもあります。けれど、それは失敗ではありません。外れた、とわかること自体が、次の聞き分けを、より確かにしてくれるからです。当たっても外れても、小さく従って、結果を見る。その往復のなかでしか、直感は育ちません。だから、外すことを、こわがらなくて大丈夫です。そして、今日は直感で選ばない、と決める日があっても、かまいません。いつ、どこまで直感に従うかを決めるのも、あなたの主権です。
直感だけで、決めないほうがいい領域
ここまで、直感を信じ、育てていく話をしてきました。そのうえで、はっきりとお伝えしておきたい、大切な線引きがあります。命や、健康や、大きなお金にかかわる重大な判断を、直感だけで、ひとりで決めないでください。「なんとなく、この治療はやめておこう」「直感的に、この投資は大丈夫そうだ」——そうした感覚は、大切な入口ではあります。けれど、身体の不調や、人生を左右するお金の決断は、直感を出発点にしつつ、医療の専門家や、信頼できる相談先の知恵と、必ず併せて判断してください。直感は、専門的な診断や助言に、置き換わるものではありません。
とりわけ、心や身体に強いつらさが出ているときは、直感が澄んで働きにくい時期でもあります。そういうときは、急いで何かを決めなくて、大丈夫です。まず、休むこと。そして、一人で抱え込まず、医療機関や心の専門家に頼ること。それ自体が、自分の中心を守る、りっぱな選択です。スピリチュアルそのものに疲れてしまったときの休み方は、スピリチュアル疲れの記事にまとめました。急がなくていい領域が、確かにあります。
井戸の底は、涸れていない
直感を聞き分けるには、まず、水面を静めて、自分の中心に還ること。ここまでお伝えしてきたことは、結局その一点に集まります。井戸の水が涸れたことは、一度もありません。波立った水面が、底を見えなくしているだけです。だから、やることは、汲み上げる力をどこかから強くしてくることではなく、静まるのを待つことのほうです。底が静まると、そこから上がってくる声は、自然と、聞き取りやすくなっていきます。
そして、これだけは、お伝えさせてください。直感を使いこなせるようになってから、でなくていいのです。自分の感覚がまだよくわからなくても、何度も打ち消してしまっていても、それで大丈夫です。特別な力が芽生えた人だけが、この井戸を持っているわけでは、ありません。もし「まだ早いかもしれない」と感じるなら、その感覚も、どうか大切にしてください。それも、あなたの中心からの、ひとつの声です。急がないという選び方も、あなたのものです。
汲むのは、いつでもあなたです。誰かが代わりに底をのぞきこんで、「あなたの答えはこれです」と教えてくれることは、ありません。そして、そうでなくていいのです。底に何があるかを知っているのは、はじめから、あなただけなのですから。
よくあるご質問
Q. 直感を鍛えるには、何から始めればいいですか?
まずは、身体の声を聞くことからです。判断に迷ったとき、頭で答えを出す前に、身体がどう反応しているか(ざわつく・重い・軽い)を先に確かめてみてください。あわせて、地に足をつける(グラウンディング)、静かに座る、浮かんだひらめきを書きとめて後で検証する、小さなことから従って結果を見る——この積み重ねが、直感を聞き取る力を育てます。特別な才能は要りません。外の声で波立った水面を、少しずつ静めていく習慣です。
Q. 直感と直観は、どう違うのですか?
直感は、中心が発する、一瞬の信号です。ふと来て、消えていくひらめき。いっぽう直観は、その信号を聞き分けつづけた人に育つ、「見え方」そのものを指します。いちいち考えなくても、ものごとの筋道が静かに見えている状態です。直感を鍛えるとは、単発のひらめきを増やすことではなく、聞き分けと検証を重ねて、この「見え方」そのものを育てていくこと。直感を鍛えた先に、直観があります。
Q. 直感は、特別な能力がある人だけのものですか?
いいえ。直感は、一部の特別な人にだけ備わった力ではありません。あなたの中心が、あなた自身の人生について先に知っていることを聞き取る、誰の中にもある働きです。だからこそ、特別な才能がなくても、鍛えることができます。いまうまく使えないと感じているとしても、それは能力の問題ではなく、外の声で水面が波立って、底の声が聞き取りにくくなっているだけ。静けさを取り戻せば、もともと内側にあった感覚が、また働きはじめます。
Q. 直感と不安は、どうやって見分ければいいですか?
手ざわりが違います。中心からの声は、静かで、短く、一度流しても、また同じかたちで戻ってきます。いっぽう不安や恐怖の声は、騒がしく、急かし、次々に理由を並べ立て、対象もころころ変わります。「早くしないと」とまくし立ててくるほうは、たいてい不安のほうです。すぐに決めず、一度流してみて、それでも静かに戻ってくるものがあれば、聞く価値のある声かもしれません。そして、最後にどちらの声を採るかを決めるのは、いつでもあなた自身です。
Q. 直感に従ったのに、外れたときは、どうすればいいですか?
直感は、いつも当たるわけではありません。外れることもあります。けれど、それは失敗ではなく、育つ過程の一部です。外れた、とわかること自体が、次の聞き分けを、より確かにしてくれます。大切なのは、いきなり大きな決断で試さないこと。小さなことから従って、結果を静かに振り返る——その往復のなかで、直感は少しずつ精度を上げていきます。外すことを、こわがらなくて大丈夫です。
※本記事は、スピラボの世界観に基づく表現を含みます。エネルギーワークは医療行為ではなく、診断・治療に置き換わるものではありません。直感は、専門的な診断・助言の代わりになるものではありません。健康・お金・進路など、人生を左右する重大な判断は、直感だけで決めず、医療機関や専門家など信頼できる相談先と併せてご検討ください。心や身体のつらさが強いとき、長く続くときは、ひとりで抱え込まず、まず医療機関や心の専門家にご相談ください。ご紹介した体験談は個人の感想であり、あらわれ方や変化には個人差があります。特定の結果を保証するものではありません。
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