シャドウワークとは?影の見つけ方と、自分を受け入れる方法|スピラボ

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自分の影を振り返って見る女性

一番見たくない自分を、ひとつだけ、思い浮かべてみてください。人には見せられない、ずるさ。誰かに強く嫉妬した、あの感情。「これは自分じゃない」と、なかったことにしてきた一面。それを、これまで見ないことにしてきたのは、あなたが冷たいからでも、心が弱いからでもありません。むしろ、まっすぐ生きようとしてきたからこそ、その自分を、視界の外へ置いておくしかなかったのです。

けれど、見たくない自分は、見ないことにしても、消えてはくれません。ただ、光の当たらない背中側へ、そっと回るだけです。前を向いているあいだは、見えない。見えないから、いないことにできる。そうやって背後に回した自分のことを、心理学では「影(シャドウ)」と呼びます。そして、その影ともう一度向き合っていく取り組みが、シャドウワークです。

わたしは、堂脇隆資(どうわき・たかし)。ディバインアルケミストとして、12年以上、のべ5万人超の方(当社調べ)に、遠隔でエネルギーワークをお届けしてきました。その日々のなかで、自分の見たくない部分と向き合った方が、どんなふうに揺れ、どんなふうにほどけ、そして軽くなっていくのかを、数えきれないほど見てきました。そこには、共通した順序のようなものがあります。

この記事では、シャドウワークとは本当は何なのか、影はいったいどこにあるのか、そして、その影とどうやって向き合っていくのかを、実際にワークに取り組んだ方の声とともに、急がず、お伝えします。読み終えたあと、背中側にいる自分が、少しだけ怖くなくなっていたら、うれしく思います。

シャドウワークとは、見たくない自分を消す作業ではありません。背後に回してきた自分を、もう一度、自分の側へ迎え入れていく取り組みです。

影とは、あなたが「自分のものではない」と切り離してきた力です。その力を、主権(ソブリン)の側に取り戻すこと。それが、統合ということです。

影を、全部見てからでなくて、大丈夫です。今日は見なくていい、と決める日があっていい。振り向く順番は、あなたが決めます。

ここから、ひとつずつ、ひらいていきます。

シャドウワークとは何か——スピラボの考え方

「シャドウ(影)」という言葉は、もともと心理学者ユングが使った概念で、自分でも意識できていない、心の奥の一面を指します。ここではその出自だけをお借りして、スピラボの言葉に置き換えて、お伝えします。

影とは、あなたが「自分のものではない」と切り離してきた力です。怒り、嫉妬、ずるさ、弱さ、みっともなさ。あるいは、優しさや才能のような、明るい面であることもあります。どちらであれ、「これは自分ではない」と切り離した瞬間に、その力は背中側へ回り、影になります。だからシャドウワークとは、その切り離した力を、もう一度「これも自分だ」と認めて、主権(ソブリン)の側に取り戻していく取り組みだと、わたしは観ています。消すのではなく、迎え入れる。追い出すのではなく、取り戻す。向きが、まるで逆なのです。世の中には、影を「克服すべき敵」のように語る考え方もあります。けれど、敵として戦えば戦うほど、影は手ごわくなっていきます。追いつめている相手が、ほかならぬ自分の一部だからです。

ここで大切なのは、影は「悪いもの」ではない、ということです。背中側にあるだけで、その中身は、あなたが切り離しさえしなければ、ちゃんと使える力です。ある方が、ワークのあとに、影の正体を、みごとに言い当ててくださいました。

「向き合う対象は自分でも気づかない、あるいは見て見ぬふりをしていた闇の部分、つまりはシャドウ」とあるように、上手に隠して、本当は気づいていたのに直視するのを避けていたんですね。

スクピさんの言葉です。ここに、影の核心が言い当てられています。影とは、知らなかった自分ではありません。「本当は気づいていたのに、直視するのを避けていた」自分です。まったく未知の何かなら、こわがりようもない。こわいのは、心のどこかで、うすうす気づいているからです。上手に隠して、見て見ぬふりをして、背後へ回した。その「見ないことにする」という選択の積み重ねが、影をつくります。逆に言えば——影は、あなたがつくったものだからこそ、あなたの側に取り戻すことができます。

なぜ、影は生まれるのか

では、わたしたちは、なぜ自分の一部を切り離して、背中側へ回してしまうのでしょうか。責めるためではなく、その仕組みを見ておきます。理由がわかると、影は、ぐっとあつかいやすくなるからです。

子どものころ、わたしたちは、まわりに合わせて生き延びる必要がありました。怒ってはいけない。わがままはだめ。目立ちすぎてもいけない。そうやって「この感情を出すと、愛されない」と学んだとき、その感情を、心の奥へしまいます。しまったものは、消えたわけではありません。見えないところで、そのまま生き続けます。つまり、影とは、あなたを守ろうとした心の働きの、痕跡です。切り離しは、失敗ではなく、あの頃のあなたの、精いっぱいの生存戦略でした。だからまず、影を持っている自分を責める必要は、どこにもありません。

やっかいなのは、切り離した力が、消えないまま、こちらのすきをついて出てくることです。強く否定したものほど、かたちを変えて、あなたの言動ににじみ出る。たとえば、「怒ってはいけない」と怒りを切り離してきた人は、いざというとき自分の要求を口にできないのに、まったく関係のない場面で、抑えていたはずの怒りが、ふいにあふれてしまう。切り離した力は、こうして、思いがけないかたちで顔を出します。ある方は、その仕組みを、自分の内側にはっきりと見つけていました。

批判しているのは、他人ではなく自分なのではないか。自己否定からの思い込みが、自分を縛っているのだと思いました。

Tさんの言葉です。ここで名指しされているのは、Tさんの人格ではありません。「自己否定からの思い込みが、自分を縛っている」という、心の構造のほうです。他人からの批判におびえているつもりで、いちばん厳しく自分を裁いているのは、自分だった。この気づきは、痛いようでいて、じつは大きな救いを含んでいます。裁いているのが自分なら、その裁きをゆるめることも、また自分にできるからです。刃は、あなたに向けるものではありません。「見ないことにする」という、切り離しの仕組みのほうへ向けます。なお、影を切り離す代わりに、外側の何かへ強く頼ってしまうこともあります。頼ることとの健やかな距離については、スピリチュアルに疲れたと感じるときの記事にゆずります。

影は、どこにあるのか——投影という地図

影は背中側にあるので、まっすぐ探しても、なかなか見つかりません。けれど、影には、居場所を教えてくれる地図があります。それが「投影」です。自分の内側で認めていないものは、外側の誰かの上に、映し出して見えます。他人の中に、なぜか強く反応してしまう部分。あれが、あなたの影の在りかを指す矢印です。

たとえば、自分の意見をはっきり口にする人を見て、胸がざわつく。もし、あなたが「わがままを言ってはいけない」と自己主張を切り離してきたのなら、その人は、あなたが背中側へ回した「はっきり言う力」を、代わりに見せてくれているのかもしれません。いらだちの下に、うらやましさが隠れていることも、少なくありません。強い反応は、良し悪しの判定ではなく、行き先を教えてくれる矢印として見ると、ずいぶん扱いやすくなります。

ある方が、その仕組みを、身をもって書き残してくださいました。

自分の内面のドロドロとした部分が、外側に映っているのだと、わかりました。その感情が起こった出来事や、その時の相手は関係なくて、自分の中にあるものが外に見えているだけでした。

Tauroさんの言葉です。「その時の相手は関係なくて、自分の中にあるものが外に見えているだけ」——その構造が、これ以上ないほど正確に言い表されています。誰かの態度が、どうしても許せない。誰かの生き方に、必要以上にいらだつ。その強い反応は、相手の問題であると同時に、あなたが自分の中で切り離してきたものが、その人を鏡にして見えている、というサインでもあります。ここで大事なのは、「だから相手は悪くない、自分が悪い」と裁きを自分に付けかえないこと。投影は、誰かを責めるための道具でも、自分を責めるための道具でもありません。背中側の自分の居場所を知るための、地図です。強く反応した相手がいたら、心の中でそっと問いかけてみてください。「わたしが、自分に許していないのは、どの部分だろう」と。

影の見つけ方——何に、強く反応するか

投影という地図の読み方がわかると、影は、日常のあちこちで見つけられるようになります。特別な技術は要りません。手がかりは、いつも、あなたの「強い反応」の中にあります。次のような問いを、自分に向けてみてください。

  • 他人の、どんなところに、強くいらだつか。「だらしない人」に過剰に腹が立つなら、あなたは自分のだらしなさを、きつく禁じてきたのかもしれません。裁きの強さは、切り離しの強さです。
  • 「絶対に、ああはならない」と決めているのは、どんな姿か。強く拒んでいるものほど、背中側に回した自分の姿が、くっきり映っています。
  • 人に知られたら、いちばん恥ずかしいのは、どの自分か。隠したい気持ちの大きさは、そのまま、その一面を切り離してきた年月の長さです。
  • ほめられても、なぜか素直に受け取れないのは、どんな長所か。影は、暗い面だけではありません。優しさや才能のような明るい力も、「自分にはふさわしくない」と切り離せば、同じように背中側へ回ります。

こうした問いを、頭の中だけで考えると、堂々めぐりになりがちです。おすすめは、浮かんできたものを、紙に書き出してみること。書くと、もやもやが、目の前のひとつの言葉に変わり、こわごわとでも、眺められるようになります。ただし、この記事でお伝えするのは「何を見るか」までです。どんな手順で書き進めるか、どう続けていくかという「どう書くか」は、書く内省(ジャーナリング)のやり方をまとめた記事にゆずります。書くのが気が進まない日は、静かに座って、浮かんでくるものを、ただ眺めるだけでもかまいません。座って内側を眺める時間については、瞑想の始め方の記事を入口にどうぞ。

影を受け入れる——統合は、主権の拡張

影を見つけたら、次は、どうするのか。ここが、シャドウワークのいちばん大切なところです。やることは、たったひとつ。消そうとするのをやめて、振り向くことです。そして「これも、自分だ」と、認める。無理に好きになる必要はありません。ただ、追い出すのをやめて、自分の側に置きなおす。この、影を自分の側へ迎え入れることを、統合と呼びます。

影は、消せない。ただ、振り向けば、光が当たる。これが、シャドウワークの、いちばん底にある考え方です。背中側にあるあいだ、影は、あつかいようがありません。けれど、振り向いて光を当てたとたん、それは「得体の知れない何か」から、「自分の一部」に変わります。そして——ここが肝心なところですが——切り離していた力が自分の側に戻ると、あなたが使える力は、その分だけ増えます。禁じてきた怒りは、正当な境界線を引く力に。抑えてきた弱さは、人にやさしくできる余白に。統合とは、切り離してきた力を、主権(ソブリン)の側に取り戻すこと。だから統合は、自分が小さくなることではなく、自分が大きくなること——主権の拡張なのです。

ある方は、否定していた自分を受け入れたときの変化を、こんなふうに綴ってくださいました。

繊細な性格を受容して、大胆な自分と統合するセッションを行いました。

Rさんの言葉です。競争社会のなかで「繊細なままでは生きていけない」と切り離してきた一面を、否定するのをやめて、受け入れた。すると、繊細さと大胆さが、どちらもある自分として、ひとつにつながり、ご本人いわく、ありのままで楽になっていったといいます。ありのままで楽になる、というのは、努力して何かを足した結果ではなく、切り離すのをやめて、元に戻った結果です。統合が進むと、この「楽になる」感覚は、自分の内側だけでは終わりません。もうひとりの方の言葉を、お借りします。

自分の中にこんなに汚くずるい感情があるのだと知りました。以前なら受け入れられなかったその汚い部分も自分の一部なのだと受け入れられるようになりました。それができるようになったことで、人の嫌な面も受け入れられるようになり、とても楽になりました。

まゆさんの言葉です。自分の「汚い部分」を受け入れられた分だけ、「人の嫌な面」も受け入れられるようになった。これは、投影の話の、ちょうど裏返しです。自分の影を裁いているあいだは、同じものを持つ他人を、裁かずにいられません。けれど、自分の影を許せた瞬間から、他人の影にも、少しだけ寛容になれる。統合は、こうして、あなたと世界のあいだの緊張を、静かにほどいていきます。なぜ内側の切り離しが、ワークを通してゆるんでいくのか——その全体像は、エネルギーワークとは何かをまとめた総合ガイドでお伝えしています。

そして、忘れないでほしいことがあります。今日は、見なくていい。影と向き合う日もあれば、向き合わないと決める日があっても、まったくかまいません。見ないと決めることも、あなたが自分の主権で選んでいるなら、りっぱなシャドウワークです。振り向く順番も、振り向く速さも、決めるのは、いつでもあなた自身です。

急がなくていい——影と、どう付き合うか

ここまで読んで、「よし、全部の影と、一気に向き合おう」と思われたなら、いったん、深呼吸をしてください。シャドウワークで、いちばん大切な感覚が、これです。影を、無理にえぐらないこと。力ずくで背中の扉をこじ開けると、まだ見る準備のできていないものまで、いちどにあふれ出してしまうことがあります。影は、逃げません。だから、追いつめる必要が、ないのです。何年かけても、いいのです。今日、ひとつ振り向けたら、それで十分。大切なのは、すべての影を見終えることではなく、振り向くかどうかを、そのつど自分で選んでいることです。

向き合うと、これまで抑えてきた感情が、いっとき強く浮かび上がってくることがあります。それ自体は、切り離していたものが表に出てきた、自然な過程です。感情の浮上とのつきあい方は、好転反応についての記事も参考になります。そして、影を見る前に、まず整えておきたいのが、足もとです。意識が過去や感情へ引っぱられそうなときほど、丹田に重心を戻し、地に足をつける。中心が定まっていると、強い感情が出てきても、それに飲みこまれずに、眺めていられます。やり方は、グラウンディングのやり方の記事をご覧ください。地に足がついていることは、影と向き合うときの、いちばんの安全ベルトです。

そのうえで、はっきりとお伝えしておきたいことがあります。シャドウワークは、心理療法でも、トラウマ治療でもありません。過去の深い傷、強い希死念慮、フラッシュバック、解離といったものは、「影」という言葉でひとくくりにして、一人で向き合ってよいものではありません。それらは、あなたの弱さの問題では、まったくありません。専門の知識と、安全な支えのもとで、ゆっくりとあつかわれるべきものです。心や身体に、つらさが強く出ているときは、どうか一人で抱えこまず、医療機関や、心の専門家に相談してください。急がなくていい領域が、確かにあります。影と向き合うかどうか、いつ向き合うかを決める主権は、最後まで、あなたの手の中にあります。

振り向くのは、いつでもいい

影とは何か、どこにあるのか、どうやって迎え入れていくのかを、ここまで見てきました。最後に、ひとつだけ。

影は、なくなりません。統合が進んでも、背中側には、まだ光の当たっていない部分が残ります。それは、あなたの取り組みが足りないからではありません。人が生きて、選び、何かを引き受けていくかぎり、切り離される力は生まれ続けます。だからシャドウワークに、完了はありません。あるのは、振り向いた回数が増えていく、ということだけです。

その一回目を、今日にする必要もありません。この記事を読んで、背中側に何かがいると気づいた——それで、もう始まっています。気づくことと、向き合うことのあいだには、いくらでも時間を置いていい。影は、あなたが振り向くまで、逃げも隠れもせずに、そこで待っています。怖い意味ではありません。いつでも取り戻せる、ということです。

見たくない自分を、消さなくて大丈夫です。いつか振り向いたときに、そこにあった力を、自分の側へ連れて帰る。それだけのことです。

よくあるご質問

Q. シャドウワークとは、何ですか?

「これは自分ではない」と切り離して、背中側へ回してきた自分(=影)と、もう一度向き合っていく取り組みです。目的は、影を消すことではなく、切り離した力を「これも自分だ」と認めて、自分の側へ取り戻すこと。スピラボでは、これを主権(ソブリン)の拡張と考えています。怒りや弱さのような暗い面だけでなく、優しさや才能のような明るい力も、切り離せば影になります。

Q. シャドウワークは、一人でやっても大丈夫ですか?

日常の小さな気づき(誰に強くいらだつか、など)を眺める範囲であれば、一人でも取り組めます。ただし、無理にえぐらないことが大切です。過去の深い傷、強い希死念慮、フラッシュバック、解離などは、「影」とひとくくりにせず、医療機関や心の専門家の支えのもとであつかってください。シャドウワークは、心理療法やトラウマ治療の代わりになるものではありません。

Q. 影を見るのが怖いときは、どうすればいいですか?

怖いままで、大丈夫です。こわいのは、心のどこかで、その存在に気づいているからで、自然なことです。まず、地に足をつけて(グラウンディング)、中心を整えてから、いちばん小さな影を、ひとつだけ眺めてみてください。今日は見ない、と決める日があってもかまいません。急がないことが、いちばんの安全策です。

Q. シャドウワークと、書き出す実践は、どう違いますか?

シャドウワークは「何を見るか」——背中側に回した、どの自分に光を当てるか——という中身の話です。いっぽう、それをどう紙に書き出し、どう続けていくかという「どう書くか」の方法は、書く内省(ジャーナリング)が受け持ちます。影の見つけ方を入口に、書いて整えていく実践へつなげると、両方がかみ合います。書く手順は、ジャーナリングの記事をご覧ください。

Q. 何度も同じ影が、出てくるのはなぜですか?

統合が、次の層まで進んだサインだからです。ひとつの影に光を当てると、その奥にあった、より深い影が見えてきます。同じ影が戻ってきたように見えても、あなたが向き合う力は、前より確かになっています。同じところを回っているのではなく、らせん階段をのぼっている。そう思って、出てくるたびに、もう一度そっと振り向いてあげてください。

※本記事は、スピラボの世界観に基づく表現を含みます。エネルギーワークは医療行為ではなく、診断・治療に置き換わるものではありません。シャドウワークは心理療法・トラウマ治療ではありません。過去の深い傷、強い希死念慮、フラッシュバック、解離、気分の落ち込みや、つらさが長く続く場合は、ひとりで抱え込まず、まず医療機関や心の専門家にご相談ください。ご紹介した体験談は個人の感想であり、あらわれ方や変化には個人差があります。特定の結果を保証するものではありません。
特定商取引法に基づく表記

【無料】ソブリン・チューニング

無料・遠隔の一斉ワーク

何があっても、自分の真ん中に戻れる。

人の言葉や、その場の空気に、いつのまにか引っぱられて——気づくと、自分の真ん中が、ぼやけている。そんな感覚に、心当たりはないでしょうか。

ソブリン・チューニングは、その日々のざわつきに、わたしが遠隔でエネルギーをお送りして、あなたの中心へ調子を合わせ直す、無料の一斉ワークです。整える力の置き場所は、いつも、あなた自身の中。それが、スピラボの考える主権(ソブリン)です。

※遠隔エネルギーワークです。スピラボの世界観に基づく表現を含み、感じ方には個人差があります。特定の効果や治療を保証するものではありません。


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