ツタンカーメン王の封印解除

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ファラオ

10月30日から11月4日にかけて、エジプトにて数多くの儀式とライトワークをさせて頂きましたが、その中には個人的な大きな目的がありました。

それが『ツタンカーメン王の封印解除』です。

その一連の過程は極秘との事で、事前にはお伝えすることは出来なかったのですが、封印解除がなされた今、情報開示が可能な状態となりましたので、簡単ではありますがご報告させて頂きます。

ツタンカーメンが有名になったきっかけ

Toutankhamon

封印解除についてお伝えする前に、ツタンカーメンの背景から説明をしていきます。

1.発掘された黄金マスクなどの副葬品

ツタンカーメンが一躍世界的に有名になったのは、1922年11月4日にイギリスのカーナヴォン卿の支援を受けた考古学者ハワード・カーターにより発見、発掘された際に、黄金のマスクを含む、多くの副葬品がほぼ完全な形で出土したことがきっかけでした。

エジプトの王墓は、墓荒らしによって盗掘や盗難が頻繁に行われていたので、3,000年以上の歴史を経てもなお、ほぼ完全な形で出土したこと自体が奇跡的であり、センセーショナルでした。

2.ツタンカーメン(ファラオ)の呪い

2-1呪いの言葉

封印されていたツタンカーメンの墓の入口には、

偉大なるファラオの墓にふれた者に、死はその素早き翼をもって飛びかかるであろう

と死を警告する碑文が刻まれていたと言われています。

2-2関係者の相次ぐ死

ツタンカーメンの王墓を発見、発掘の支援をしたカーナヴォン卿が、墓の公開直後に突如急死したことを始まりに、他の発掘関係者数名が相次いで死亡しました。

そして、当時のマスメディアによって『ファラオの墓の発掘に関係した者には呪いがかかり死ぬ』との話が書かた事をきっかけに、ツタンカーメン(ファラオ)の呪いの伝説が広まったのです。

しかし、後の調査によると、関係者の死は誤報である事が分かり、ツタンカーメンの呪いではなかったという事が分かりました。

ツタンカーメンの真の重要性

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ツタンカーメンを有名にしたエピソードをご紹介しましたが、それは表面状の物質的側面であって、ツタンカーメンが真の意味で重要なファラオであった理由は他にありました。

それは、歴代のファラオから最も神聖なる部分を引き継ぎ、そしてファラオとしては最後の『神聖なる王』であったという事です。

名前に込められた暗号

父親であったはアメンホテプ4世は、従来信仰していたアムン=ラー(アメン=ラー)から、唯一神アテンへの信仰という大きな宗教改革を行ったために、アメンホテプ4世の存命中はトゥトアンクアテン(Tutankhaten「アテンの生ける似姿」の意)と名乗っていました。

しかし、彼の死後、ファラオとして即位するとすぐに、伝統的な神であるアムン=ラー(アメン=ラー)の信仰を復活させ、ツタンカーメン(「アムン神の生ける似姿」の意)と改名しました。

より厳密な表記は、トゥト・アンク・アメン (Tut-ankh-amen)であり、その名前に古代エジプトの生命や復活を意味するアンク(ankh)が入っているのです。

 アンクの意味

エジプト人には、魔よけのお守りとしても信じられていますが、かつてのファラオたちにとっては、永遠の生命を意味するシンボルとして信じられていました。

そして、『アンクの力を信じる者は一度だけ生き返ることができる』という復活や再生のシンボルとしても信じられていたのです。

ツタンカーメンの封印

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ツタンカーメンに封印されたもの、それはアトランティスより継承された、神聖なる王としての偉大なる叡智でした。

強力にかけられていた封印

ニューアトランティスが復活可能な時期が来るまでそれは隠され、そして簡単には解けないように固く封印をされていました。

ですが、多くの人や存在の協力の元、封印を解除する前提が整ったのです。

偉大なる叡智の復活

封印が解除されたその時、もの凄くパワフルな黄金のエネルギーが溢れ出し、偉大なる叡智が世界に向けて解き放たれました。この偉大なる叡智は、誰かが独占するために存在するのではなく、必要とする全ての人と共有するために存在しています。

これによって、新しい神聖なるリーダーたちが誕生する環境が整いました。

ここで言う新しい神聖なるリーダーとは、従来のピラミッド型の組織のリーダーではなく、神と繋がり、ある意味で自身も神となってその権限を行使しながらも、共に歩み導いていく、次世代のリーダーを指しています。

一人でも多くの、新しい神聖なるリーダーが誕生することを祈っています。

まとめ

この記事は、謎解きや名誉の為に書いているものではなく、それに関わっていたり、それを待っていた人や存在の為に報告として書いています。なので、かなり内容を端折ってありますので、その点はご了承ください。

ツタンカーメン王の墓が発見されたのと同じ、11月4日の満月の日に、約束は果たされました。
関係する全ての皆さま、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。

2017年11月11日 愛と感謝を込めて

この記事を書いた人

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