エネルギー最大値から観る現在地5

今回は地上的な陰陽の捉え方と、宇宙的な陰陽の捉え方の違いについて考察していきます。

 

このテーマを理解する為には、『死』について知る必要があります。

地上的な死の概念は、肉体的な死だと捉えられていますよね。

それに対して、宇宙的な死の概念は、肉体的な死にあらず、誕生から肉体的な死を経て、天上の生命当体である生命位相(アストラル電子袋)内に格納されて、約280年間を過ごすまでを一つのサイクルとし、そのサイクルを何千何万、あるいは何十万回と繰り返していく過程において、何度も人間を殺す(自死も含む)などの重罪を犯したり、それ以上の成長が見込めないと判断された際に、生命位相内の意識を消去される事が本質的な死であると捉えられています。

仏神にも同様に死(あるいは終わり)はあるのですが、仏神によっては何千万年も存在し続けていた事から、『魂は永遠だ』という誤認識があったのだと推察されます。

ちなみに、何かしらの理由で根源意識が消去されない限り、永遠の時を存在し続けられるの可能性があるのは外宇宙領域の存在、つまり創造主クラスの存在のみとなります。

このように死の概念が大きく異なる事によって、陰陽の捉え方が変わってくる訳です。

 

地上的な死の概念において陰陽を観るならば、スピリチュアルを含む、意識や精神的な成長は陰となり、お金を稼いだり権力を持つなどの欲求を満たす行為が陽となります。

これは、現在の世界や社会構造を観ても、一目瞭然だと言えますよね。

良い悪いという話では無く、多くの人の意識や精神的な成長の目的は、いかに社会的地位を上げるか、いかに経済活動を上手くいかせるか、いかに幸せを追求するかなど、個の欲求にフォーカスしているのが現状です。

それに対して、宇宙的な死の概念において陰陽を観るならば、お金を稼いだり権力を持つなどの欲求を満たす行為は陰となり、スピリチュアルを含む、意識や精神的な成長が陽となります。

それは、いかに境涯を上げていくか、いかに高い神格を得るか、いかに宇宙への貢献が出来るかが、生命体としての本質的な価値であると理解しているからであり、それを行っていく手段として、お金や権力を活用していくという視点を持っているからです。

このように、本来であれば、天も地も同様であるのが普遍的真理であるのに対して、様々な要因によって天と地の概念が反転してしまっているのが現在の地球であり、それによって真実も反転してしまっているところに、真実を識別する事が困難であり、本質的な目覚めが進まない現状があると言えます。

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